ちょうど去年の今頃、クラブの遠足でしまなみ海道を何泊かしながら漕いだ。その帰りの車中で、自立したカヤッカーという言葉が大先輩の口からでてきた。家から出発して帰ってくるまで、一人で考えてこなし、安全に過ごす。
小網代周辺でなら、それなりに漕いで日帰りするようにはなれたけど、知らない海岸線を何日もふらふらと自由に漕いで回れるような境地には程遠い。今年に入ってまたそれを実感する。
遠いなら遠いなりに、まずは地元をふらふらしようと、家の近辺で一泊することにした。家から全部一切合切をカヤックに詰め込んでカートで転がし、近くの浜まで歩いていく。
この時期の日の出はだいぶ遅くなった。海沿いの歩道を歩いていると、声をかけられる。
「釣り?」
「いや、漕ぐだけです。そちらも釣りですか?」
「いや、伊勢海老。忘れ物しちゃって取りに戻るところ」
「お仕事ですか。今日は良い海ですね」
「うん、凪だね。気をつけて」
「ありがとうございますー」
海で漁師さんに声をかけられると、何故かいつも緊張するけど、今日は会話の内容にほっとする。
浜に荷物をおろして支度を始める。分割して入れ子になったパーツをコクピットから引き出して、全部つなぎ合わせたら、今度はハッチにキャンプの荷物を詰めていく。寝袋、テント、着替え、諸々。カヤックカートもタイヤを外してハッチに詰める。なんだかんだで小一時間。準備ができた。
そっと水に浮かべて、前後のバランスが気になりながら、普段より重い舟の手応えを味わいながら、北に向かって漕ぎ始める。軽く10キロほど漕いで、スーパーに買い出しに行こう。そうだ、その前に、クラブに寄って眞露の4Lペットボトルに水を入れていこう。クラブでは筋トレ後輩といぶりがっこ先輩が支度をしていた。二人は買い出し漕ぎに付き合ってくれる。
小網代湾を三人で出てくる。風が落ちると思ったらまだまだ強い。向かい風に気合が入ってよっしゃよっしゃと漕いでいく。荒崎を回ると真正面からの風になる。さらに気合が入ってこいでいく。ひとしきり飛沫を浴びて、小田和湾の奥まったところにある公園の浜に舟をあげた。
二人には公園でのんびりしていてもらい、自分は地元のストアで明日までの何食分かの買い出し。ビニール袋を提げて公園に戻り、これをコックピットに押し込んだら、そのままキャンプ地にとんぼ返り。もろもろ荷物を積んだら、食べ物を入れる場所がない。4Lペットボトルはシートの後ろ、買い出しのビニール袋は足の先、どちらもコックピットの中に。
またほいほいと漕いでキャンプの浜まで戻ったら、僕はクラブのオンライン出艇記録を上陸済みに変更する。先輩と後輩の二人はまだ出艇のままだ。クラブまで帰らなくちゃいけないのだから当然だ。一方僕はカヤックに全部積んであって、ついたそこが今日の家。
昼飯と昼寝を二人はのんびり楽しんで、日が低くなった頃に帰っていった。僕は一人で身の回りの支度を始め、日が沈む前にテントや食事の諸々を済ませ、日が沈むのを見ながらあとは好きなだけのんびりとした。
日が落ちて真っ暗になってしばらくした頃、何かが爆発するような音がしきりにしてなんだろうと思っていると、時折海の上に火柱のようなものが上がっては消えた。はじめは雷の音か、大きな船のエンジンをかけたのかと思ってたけど、その火柱で伊豆のどこかの花火が見えてるのだと気がついた。あとから調べたら熱川の花火だったらしい。鯵たたき丼の錦、まだやってるかな。高磯の湯からこの花火見えたら最高だろうな。花火が終わったら海も静かになり、自分もテントに入ってぐっすりと寝た。
明るくなって目が覚めた。携帯で天気予報を見ると、昼ころから雨が降り出しそうな予報に変わっている。というか、この時点でポツポツと感じる。ゴロゴロしてようと思ってたけど、本降りになる前に撤収しようと、さっさと身支度を終えて舟をだし、クラブに寄り道して空のペットボトルを返す。大先輩は、今日は西伊豆に遠足の日だったから、もう車ででかけた後だった。あとは家の近くの浜までちょろっと漕いで、またカートでコロコロと引いて家まで帰った。
これで家から出て一泊し、帰ってくるまでやれたことになる。あとは一日の中でどこまで漕いで、どこで舟を上げるか、そういう判断を繰り返していけばいいんだろう。水を歩いてどこまで行こう。カヤック楽しい。