GWはまるまる使ってクラブのツアーで五島列島に行く。予定は福江島をキャンプ泊しながら一周。とはいえ天気予報がかんばしくなく、前半四日間が漕げるかどうか。昨年のシルバーウィークも五島ツアーが企画されていたのだけど、ちょうど台風が直撃していてキャンセルになった。リベンジなるか。
4/28 横須賀 - 4/29 新門司フェリー行
参加メンバーは八人。うち七人は横須賀港と新門司港を結ぶフェリーに乗っていく。もう一人は参加申し込みが遅れたのでフェリーの空きがなく、博多港での待ち合わせ。博多港から福江港にさらにフェリーに乗り継ぐ予定となっている。
それがいろいろすったもんだで、臨機応変になるのがツアーの醍醐味。大先輩が色々頭をひねり、博多からの29日夜のフェリーには間に合わなかったけど、長崎から翌朝のフェリーで福江に渡ることになる。九州行きのフェリーでは携帯が繋がらないことが多くて大変気を揉んだ。
博多港で一人待っていた後輩が、船を見送る写真を送ってくれた。せつない。
4/30 長崎 - 福江フェリー行
新門司港から長崎港に車で移動し、24時間営業のスーパーでキャンプの買い出しも済ませる。それで港に着けば空も明らんで、数時間で福江島に向けて出港。雑魚寝部屋で昨晩の睡眠を取り戻す。
浜田の浜 - 堂崎教会 - 六方の浜
いよいよ出発!福江港から出発地の浜田の浜に移動して、カヤックの支度をする。ここから出発して右に漕いで行き、数日後には左から戻ってくるはずだ。少し眠いけど気分が上がる。午前中はまだまだ吹いていた北風でうねりっけのある波が入っているけど、糸串崎を回って島の東側に入れば収まるでしょう。
後で聞くと、車中泊が応えてこの漕ぎが一番つらかったという人が結構いた。そんな感じでドンブラされながら糸串崎を周り、ドンブラ波は減ったけど今度は向かい潮の潮流で、それを岸寄りに避けながら南下していく。途中、堂崎天主堂に寄ったのが五時過ぎか。西の方なのでまだまだ明るい。
堂崎から出てきてさらに南に行こうと漕いでいると、一旦通り過ぎた釣りのボートが戻ってきて寄ってきた。逆潮だから気をつけろよと何度か声をかけてくれた。ありがとうございます、気をつけていきますと返事をして別れた。ありがたい。
もう少し漕いで六方の浜について、今日はここでキャンプ。なんだかんだで午後だけで 22キロほど漕いだか。すぐに日も落ちて、初日の疲れもあり夕食が済むとテントに引っ込んで皆寝た。
5/1 六方の浜 - 鐙瀬の漁港 - 富江の浜 - 津多羅島
日が出るとみんな申し合わせたようにごそごそと起き出してきて挨拶をかわす。熟睡できたようだ。今日は行程が一番長くなるかもしれないので、みんなやる気満々。ここで頑張っておけば一周が見えてくる。準備がすんで大先輩の周りにあつまって海図を見ながら今日の行程の確認。八時には浮かぶ。
浜から漕ぎ出してすぐに福江の港への航路を横切る。みると、フェリーが港に入ってくる。これはきっと僕らが乗りそこねた博多からのフェリーだ。おーい、乗せてくれーとみんなで嘯いて南を目指す。追い風でぐんぐんと稼ぐ。
島の南側に入って溶岩の海岸を漕いでいたら、奥まった入江いっぱいに鯉のぼりが渡してあった。海の上にゆっくり大きな鯉のぼりがいくつも泳いでいる。それを下から眺めながらゴツゴツした岩っペリを漕いでいく。溶岩の岩は黒い。そのせいか、三浦の海と同じ色な気がする。漕いでいてすごく地元感がある。
お昼が近づいてきたところで、小さなスロープにあげさせてもらい昼休憩にする。北寄りの風の予報だったけど、少し西成分も入っていて向かい風感を感じはじめた。みんなスロープで昼寝を始めたので、ちょっと堤防の上にいって風の様子を見に行った。それで戻ってきたら、上げてきた潮に自分のカヤックがぷかぷか浮いていた。あぶないあぶない。シリアル兄弟の後輩が捕まえてくれた。
思ったよりも北西の風が強い。できるだけ横風になるような方向に岸を回り込んでから、広い湾の向こうに見える富江の浜に向かって湾を渡り出す。白い砂が景色の中で光っている。湾の中に出てきたら風も少し落ちてきて、その後はすんなり進んで浜に上がれた。
富江の浜は横にキャンプ場があって、トイレも多目的トイレだけは開けてあって使えた。人心地がついた。ここまで結構向かい風の中を漕いでいてもう三時。日没が遅めとはいえ、向かい風の中、今日の目標の津多羅島まではまだ遠いなあ。がんばろう。漕ぎ出したら岸沿いに丸く回り込んでいくつか岬を過ぎたら最後に津多羅島が見えた。
そこからは真っ向西風と勝負。島に向かってじりじりとパドルを回す。それなりなドンブラ加減になって落ち込んだバウが波をしきりに掬う。楽しくなってきた。先を行っていた大先輩もしんがりについて、「だいじょうぶです。進んでます」と声を出す。シリアル後輩はそれを聞いて「ああ、俺、進んでないんだなあ」と思ったそうだ。安心してください、進んでます。でなきゃ引き返してます。
さっきの富江の浜は明るい海と白い砂でカラフルだったけど、津多羅島への渡りはモノクロームな印象しかない。ずっと晴れていたはずだけど、島に重なる西日を睨みながら白黒の印象の中をひたすら漕いで、六時になってようやく島に近づいた。
明日は難所の大瀬崎を回るけど、海況は期間内で一番いい。大先輩の計画はさすがだ。潮周りを考えると明日の出発は遅くていい。だから今晩も明日朝も、この人の気のない島でゆっくり過ごせる。日が落ちる中テントをはって、綺麗な月が高く上がる中、みんなで遅くまでのんびりすごした。シリアル兄弟の先輩は、ひっくり返っている海亀の横に気にせずテントを張っている。騒がせたかわりにレンタルテントのペグを奉納してきたらしい。こらぁー。
5/2 津多羅島 - かやば浦手前の砂利浜 - 大瀬崎 - 玉之浦の浜 - 砂利浜
のんびりとは言っても、結局みんな日が出たら起きてきて、いつもどおりに朝ごはんを作って食べる。11時出発の予定が準備の進みぐあいでなんとなく早まって、10時半には海の上に。早くつきすぎてまだ潮が流れてたらゆっくり休憩しようということで出発。途中、小さな砂利浜の休憩を挟んで大瀬崎が見える岬を回り込んだ。
崖の上から手を振ってくれる人がいる。こちらも手を振りふり灯台を回って北に向きを変えた。本当に良い海況でここに巡り合わせてよかった。大先輩は一仕事終えた安堵からか眠そうに漕いでいる。まだまだ続く岩肌を楽しみながら島山島との間を回り込み、玉之浦にある小浦の海水浴場に午後の休憩に上がった。
浜には家族連れが一組いて、どことなく都会から来た人のようだった。GW の里帰りなのかなと、その人の生活をあることないこと、イケメンジャー後輩と話しながらまた船の上に。距離的にはもう一度外海に出た方が近いのだけど、ダンナ後輩の「外は飽きました、中を行きましょう」の一声で玉之浦を漕いでいくことにする。外が静かなだけに内海も一層静か。里海と呼びたくなる静かな、でも生活感のある海をするすると抜けて北上していく。日もだいぶ低くなって、ああ、後一日しか漕げないんだなぁと寂しさが忍び寄る。
有名な高浜より数キロ手前の人のこない砂利浜に船を上げてキャンプ地とした。西向きのキャンプ地はここが初めて。夕日を見ながらのんびりする。今日はこれで25キロほど漕いだか。明日は最初はいいけど、後半向かい風が予想される。それを頑張って漕ぎ上がれば一周だ。
5/3 砂利浜 - 高崎の浜 - 浜田の浜
いつものように起き出して、今日はシリアル兄弟の朝食チェックが賑やかだ。先にささっと食べ終わった二人がみんなの朝食を覗き込みながら、「おや、オムレツですか?僕の分は?」、「納豆ご飯と卵雑炊ですか?食べ過ぎじゃないのー?」、「朝から棒ラーメンー?元気ですねー」とか隣の朝ごはんを次々に読み上げていく。朝から二人は面白い。
今日はおそらくキャンプ最終日。今夜から雨なのでテントは張らず、東屋などを探して泊まるだろう。出発の朝は晴れているので、下の砂利浜のおかげで砂がつくこともなく乾いて綺麗に撤収できた。このくらいの浜が一番嬉しい。白い綺麗な砂浜は見た目はいいんだけど、何をするにしても砂がついてくるからなあ。
やっぱり八時には出発する。だいぶ軽くなったみんなの舟に比べ、僕の舟はまだまだ重いなあ。綺麗な高浜を遠目に見て、追い風に乗って北上する。今日は南東の風なので、柏崎の岬を回り込んで南を向くまでは風裏追い風。すいすいと飛ばしていく。
海岸線は円を描くように緩やかに向きを変えていく。一つ先の岬、また一つと、中々北の端の柏崎が見えてこない。少しずつ北西から北、北東と向きが変わっていき、朝から二つ目の灯台が見えたらそれが柏崎の灯台だった。近寄っていくと、諸磯の灯台とよく似ている。諸磯は四角いけど、それを円柱に変えたらこんな感じだろう。
親近感を感じながら柏崎を回り込んで 11時。ここから岸べたでのじりじり漕ぎが始まった。灯台を過ぎた柏の漁港で一旦体制を整えてからまた風の中に漕ぎ出していく。そうして高崎の鼻をまわりこんで綺麗な浜に滑り込んだら 12時になっていた。ほんの 2.5km ほどの距離を一時間だ。風の強さがわかるというもの。
白い砂浜の端には黒い溶岩がゴロゴロ転がっていて、それが熱を保っていて暖かい。空はだいぶ雲が出てきて薄暗い中、岩にくっついて体を緩めながら昼食を取る。向かい風との真っ向勝負をあと 5km ほどやる必要がある。あと二時間か。
果たして二時間、向かい風にパドルを刺しながらみんな粘り強く漕いだ。出発地の浜が近づくにつれ、つきたくない気持ちがどんどん強くなる。ゴールしたくないんだよねぇ... もう島の北側にはりついたので風裏で、たらたらと漕いでも舟は進んでしまう。
とうとう最後の浜の真ん前で浮かんでみんなの舟が止まった。一番最後に漕いできたのはシリアル兄弟の弟。「バッテリ切れですか?」と大先輩が声をかけると「あれ?五分休憩で逆回りスタートじゃないんですか?」と軽快に帰ってくる。この後輩は今回が人生初キャンプの初カヤックツアーで、それで福江島を一周してしまった。毎日少しでも先のキャンプ地までみんなで漕いだから、四日の中で漕ぎ切れた。みんなでそろりそろりと舟を進めつつ、その後輩の舟が一番にバウを浜にすりあげるまで待って、みんな一斉に浜に舟をつけた。その瞬間皆から自然に声が漏れる。シリアル兄弟の兄貴分はそれを後ろから動画で撮ってくれていて、最後に浜にあがり、パドルをカヤックにおいた。これで全員が一周を終えた。
あっという間だったー。あとは仕舞い支度をして大先輩の車に乗り込み、福江の街で打ち上げた。宿はなかったから、近くの海水浴場の東屋で屋根があればマットと寝袋で寝ちゃえるでしょう。明日からはずっと雨風強い。帰りのフェリーまではもう漕げない。あっというまの漕ぎだったなあ。
5/4 福江 - 長崎 - 佐賀
綺麗な浜の東屋で目を覚まし、酔いにちょっと寝が足りてない気がする。今日は昼前にフェリーで長崎に戻る。戻っても宿はない。雨の中どうしよう。とりあえず福江で鬼岳と堂崎天主堂を見学し、五島のお土産品を買い回ってたらちょうどフェリーの時間になった。
長崎についたら、宿はないけどとりあえず稲佐山に登ってみる。雨だったので街は見えない。これぞ長崎。野外コンサート場では音楽祭をやっていたようで、演者も客も一緒にステージの上で雨を避けながら愛を歌っていた。
次はチャンポンだろうと中華街に移動するけど、お店はどこも長蛇の列で並べない僕らには苦行。10分ほどであきらめてもうすこし寂れた街に移動しようということで佐賀に。走っていき、高速そばの仮眠施設があるスーパー銭湯に泊まることに決めた。
ようやく風呂に入る機会がやってきた。新門司でフェリーを降りて以来初めての風呂。文明社会に帰る儀式めいた趣がある。みな思い思いの手順でさっぱりし、佐賀のチャンポンで夕食としてから眠りについた。
5/5 吉野ヶ里遺跡 - 肥前浜宿・酒蔵通り - 伊万里
帰りのフェリーは明日の真夜中手前。まるまる二日あるとはいえ風が強いのでカヤックを漕げるわけではない。陸での観光に切り替えて行きたいところはないかと大先輩がいくと、部長先輩が率先していろいろ挙げてくれた。車があるのでフットワークは軽い。それらをがんがん回り、佐賀を堪能してまたスーパー銭湯に戻って寝た。
佐賀の道を走っていると、小麦が多くてどれも黄色に色付いて刈り入れどきだった。そういえば、落穂拾いという有名な画があるけど、あれも麦をひろっているんだろう。あたりまえだけど、今までずっと稲なような気がしてた。そんなわけないのに。
5/6 太宰府 - 新門司フェリー - 5/7 横須賀
この日は朝から雨。それでも太宰府に行ってみようという部長先輩の強い意志に皆喜んでついていく。無事お参りをすませて、太宰府の横にある国立博物館に寄ってみたら、ちょうどよい休憩所があったので、そこでお茶を始めたらカヤック談義に花が咲いて数時間ほどいてしまい、あとは新門司に移動するだけ。ちょうどよい休憩所だった。
それで新門司でフェリーに乗ったら、あとはだらだらと過ごすだけ。風呂に入ったり、みんなでだべったりしながら、ついて出る言葉は「かえりたくなーい」。また来年の GW が楽しみということですね。
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