いよいよ漕ぎは最後。目標の浜まで二十キロ弱。そこで今回の瀬戸内の漕ぎは終わる、距離は短いけど、ついた浜から大先輩は車を取りに岡山で出発した浜までバス、新幹線、電車、タクシーと乗り繋いで戻らなきゃならない。手漕ぎの舟でもこれだけの日数積み上げればそれなりの距離になった。
ゴールの浜から乗るバスは一時間に一本なので、漕ぎは短いとはいえ時間に気を遣う。まだ日の低くてひんやりした海に漕ぎ出してしんみりしながら漕いでいく。
とびしま海道は本州に近づく島ごとに護岸が増え、浜が減っていく気がした。そうして漕いでいるとなんだか催してきた。出発のときにかすかにあったもやもやを気にせず出てしまったなと思いながら、キョロキョロあがれる場所はないか探しながら漕ぐけど、車道が壁になって上がれる場所が見当たらない。開発された海岸線が恨めしい。
ツアーのペースだと汗もかかず、ただ下に出てきてしまうのか、どんどん強まってくる。仕方ないので、大先輩に休憩予定の浜まで先に漕ぎますと伝え、レジェント先輩の「えー、あとちょっとだよー我慢できないの〜?」という激励の声を尻目にペースを上げる。
下っ腹に力むとチョロりとしそうになる。まずら腕漕ぎ気味に回して体が温まってきたら少し波が治まる。その隙に普段のように漕いでいくと背中に汗が滲み出す。それで良い循環を回し、時々また戻って来る波に堪えながら見えていた浜に一人で滑り込んだ。降りた時には出口が少しパクパクしていて限界だ。時間が惜しいので目の前にいる人にトイレの場所を聞いてギリギリセーフ。さっぱりして舟に戻り、こちらに向かってくるみんなを迎えた。その時間の差は数分にしかならなかった気もするけど、のんびりペースで漕いでいたらその遥か前に駄目だったと思う。
気を取り直してすぐにまた皆で水の上。しばらく岸沿いに巻いたらすぐに先が開けた。ここからゴールの浜までは8キロほどの渡り。右後ろからの潮流に乗って1時間半ほどか。
海況は申し分なく、晴れた日差しの微風の中を淡々と漕いでいく。これで浜についたらもう漕ぎはおしまいか〜、嫌だな〜、と思いながら漕ぐと自然にペースが鈍る。そうすると、さっき空にしたはずの体内にさざ波が立ち始め、水かさを増して行く。
いやだ〜、最後はみんなでゴールしたい。もう先には行けない。なんとか間に合えと祈りながら気もそぞろに水をなでていたらゴールの浜辺前まで来ていた。しかしここですぐに上がれるわけではない。車のつけやすい場所にあげたいし、ゴールの瞬間を動画に収めたい。色々な渦が滞留しながら秒が過ぎ、分が過ぎで限界を超えてしまった。
半分もだしてないけれど、なんだか締まりの無いゴールで情けなし。力なくガッツポーズをして皆の列に並ぶ。これで一端のカヤッカーになれたのか。でもみんなには内緒。
ササッと着替えて大先輩はバス停に向った。予定では戻ってくるのに六時間かかる。その間は残りの5人で過ごす。とりあえずさっぱりしたいので、ロールをして水を入れよう。ツアーはいつもナイロンのスカートなので何度か回れば腹からコックピットに水が入る。
筋トレ後輩も浜の暑い日差しを嫌がったか一緒に回るというのでまた二人で浜の前に浮かび、少し沖に出て回る。瀬戸内海の水はまだ冷たくて、二度ほど回ったらザバーっと水が入ってきて途端に体が冷えた。これで十分。
あとは陸の服に着替えて脱いだものを水洗いし、他の荷物も並べて濡れ物を乾かす。時間はたっぷりある。浜から道路を挟んでキャンプ場があり、大きなテントがいくつも建っている。その風景と比べて僕らの荷物には何故か強い生活感が漂う。その少しの差を大事にしたい。
浜でやることも無くなったので、呉の町に出よう。浜に残るという二人を良いことに荷物を託し、筋トレ後輩とシリアル弟合わせて三人で呉の町に出た。銭湯に入り、そして昼飯を食べる算段。ついでに呉の駅でお土産も買って、またバスで浜に戻った。
後は大先輩が戻ってくるまでに自分たちの荷物を持ち帰り用にまとめ、カヤックを空荷にしておいたり、なんだかんだで動いていたら丁度六時間で大先輩が車で戻ってきた。手早く荷物、カヤックを積みながら、これからの行程を相談する。
一日早くゴールについたので時間は余裕がある。今は夕方五時。これから出て夜通し走れば渋滞になる前に戻れそうだというので、もうこのまま帰ることにする。ドライバーに気持ちよく走ってもらうのが最優先。
帰路につく前に浜からほど近いお好み焼き屋に入って打ち上げ。漕いでる間に懲りたのでお酒は控えてノンアルで乾杯したけどこれがとんでもなく美味かった。おでんと合わせて美味しく飲んで食べたら、後はもう一目散に横浜に帰る。ツアーの帰りはいつも速い。今回はさらに速くて、余韻が始まる前に帰ってきてしまった。
ツアーを終えたと言うより、一つの学校を卒業したという方が近い感覚でその後を過ごしている。ゴールを目指したと言うより、日々浜から漕ぎ出て浜に上がり、食べて寝る生活を一日一日と暮らしていたら、気がついたら今ここでおしまいとなった。できたらこれを何ヶ月、何年と続けたい気にもなった。これが、行ったきりで帰ることのない旅に暮らすということなのかなと思った。また、そうして過ごすには瀬戸内はやりやすいところだなあ。まずは三浦の海で暮らしてみたい。