小網代の森カヌークラブ (パドリングウルフ) で毎週末誰かしらと一緒にシーカヤックを漕いでいます

2019年9月22日日曜日

20190922 ひと夏ひと秋

台風がやってくる三連休、天気予報をにらみながら日曜に三浦に。雨が降る前に上がるつもりで早く動く。波のできが良かったら、雨でも構わず居残るつもりではあるけど、はてさてどうなるか。小潮

クラブハウスには朝漕ぎが好きな後輩が来ていて、戸を全て開けてゆっくりしていた。朝ごはんをのんびり食べながら、目の前の入江のヨットと空を見ている。みんなが贅沢にカヤックを楽しんでる。

後輩は車中から海を見ていて、あちこちの海岸に波があってサーファーがいたと言う。無理のない範囲で気をつけて遊びましょう。

ポリ艇を浮かべて漕ぎ出す。網代崎は思いの外おとなしいが、ゆっくりしたうねりは見て取れる。堤防を回った北風の様子は秋めいてきた。青空が高く、雲がはっきりしていて気持ちがいい。

いつものポイントにはすでに SUP とサーファーが幾人か入ってた。あんまり刺激しないようにヘルメットはかぶらず、帽子で漕いできたので問題なし。波に乗ると、幅をいっぱいに使って上手に大きく乗っているので、邪魔になるかと思って場所を変えた。シーカヤックの波遊びはやっぱり動きが違うから気をつかう。

シーカヤックは場所を移動できるのも大きい。沖にでるのも苦にならないし、一度漕ぎ出せばあちこち遊びながら回れる。もう一つの場所は広いんだけど、浅い岩場に崩れ波が長く押していくのでちょっと気をつけたい。そのせいか誰もいないのでしばらく遊ぶ。他のメンバはまだ出てこない。ソロの気軽さで他の場所を見に行くことにする。

次のポイントではサーファーが三人入っていた。ヘルメットをかぶりっぱなしで刺激するのは良くないと思い、遠巻きに様子を眺めた。ここは狭い岩場の間に向かって波が入るので、ちょっとでもはっきりとしたうねりの時は危なくて行けない。沈脱して水船を流してしまったら目も当てられない。また次のポイントに移動する。

最後に見て回ったポイントは、正直ここで波遊びしている人を見たことがない。サーフ大好きの先輩と何度か遊んだことがあるくらいか。波が良ければここまで出てくることはあまりないから、正直初めて見場所だったけどこれがすごく良かった。

沖を漕いで動いていた時は、今日のうねりは思ったよりも大したことないと思っていたけど、このポイントに向かって狭い湾を渡っている間に、小さいと思っていたうねりの盛り上がりにビビる。手を止めて様子見していると、湾の奥の小さな漁港に向けて漁船が帰ってきた。その漁船が止まったと思ったら、左右に首を振りながらごくゆっくりとジグザグに進んでくる。その都度に後ろからのうねりを交わし、ようやく港に入っていった。船長さんが心を砕いていたのが見て取れた。そんな動き、三浦で初めてみた。

その航路から少し外れたところのポイントは、隠れ根で波がいかつく立ち上がっては崩れる。今日はうねりが大きいから崩れ幅の広い。そのスペースを好きに使って遊ぶ。ただ、波が大きすぎて一本としてちゃんと乗れなかった。前転あり、後ろからどつかれ沈あり、てっぺんからのおっこち沈ありと、大きな波に揉んでもらった。

ここのいいところは、うねりを割ってくれる隠れ根がピンポイントで、その向こうは深くて波が落ち着くので、わりと安全にチャレンジできる。これはいいところを見つけた。

ちょうど良い時間になったので小網代に戻ると、SUP・サーファーに混じっていぶりがっこ先輩が波乗りしているのに行きあった。それならと一緒に少しだけ遊んで、それで昼には帰った。先輩は波遊びの合間に釣った魚をクラブハウスに戻し、午後も遊ぶと言ってまた出ていった。元気だ。他にも3人ほど、メンバーが舟を出していたようだ。

舟を上げた頃には雲も低くなっていたけど、午前中はだいぶ青空も見れたし、吹く風は涼しくて夏をまた一つ数え終わった実感がある。それでもまだ、台風が蒸し暑い空気を持ってきてくれる時期もありそうで、その境目でいったりきたりをもう少し楽しめそうだ。

2019年9月14日土曜日

20190914-16 輪島ツアー

父親の弟、つまり叔父さんが隣の家に住んでいて、子供の時分にとても良くしてもらった。叔父さんはそのうち引っ越してその家ももうないのだけど、隣に居た頃には、子供の僕を逗子や三浦の浜に海水浴に連れて行ってくれた。叔父さんは海で遊ぶのが好きだった。

叔父さんの奥さんは輪島近くの生まれの人で、里帰りがあれば叔父さんはついていった。暑い時期であれば叔父さんは喜んで輪島の澄んだ海を泳いだ。黒い砂の舞い上がる三浦の波打ち際と比べて、輪島の海の透き通ったことを思い出しては、僕に話してくれた。

その記憶がずっと残っていて、輪島の海を機会があれば漕いでみたいと思っていた。それがクラブのツアーで輪島に行くというので、何とか縁をつないで参加できることになった。

初日:

真夜中に集合場所に集まり、大先輩の車に七人が乗り込む。土曜になった瞬間がツアーの始まり。一旦高速道路に乗ったら、富山あたりまでは高速でズバッと走り通す。今回はメンバーに恵まれて、大先輩も運転を代わりながら休めた様子。いつもありがとうございます。

日が明けた頃、とうとう日本海が見える。海が見えると車内も活気づく。能登半島の根元を通って半島の西側の海岸を北上。その途中で大先輩が高速を降りた。あれ、と思ったら、海岸間際まで来て砂浜に車が降りていく。大先輩は千里浜ドライブウェイに寄り道したかったようだ。明るい色の砂浜は硬く締まり、うねりはありながらも滑らか。その上をカヤックを積んだ車がポンポン跳ねながら進んでいく。屋根の上のカヤックを見て振り向く人も多い。でもまだここでは漕がないのです。

もう一度山の中に入って海に降りたら輪島。ついたー。車をおりて、ちょっと遅い時間の朝市を歩く。道行く売り子の人たちからは関西めいた言葉が聞こえてきて、自分の言葉の味気なさを思う。

朝市の中で遅い朝ごはんを食べに入ったら、「つるも」という透明な海藻が入った味噌汁がうまかった。フカヒレスープに勝ったね。近所のスーパーで買い出しをすませて袖ヶ浦のキャンプ場に到着。いや、長かった。

鉄道の路線図などを見ても、能登の上半分は全然電車が来ていない。輪島にも昔は駅があったが廃線となって、バス停に「輪島駅前」の名前が残るだけ。山奥はともかく、海に面していれば近くに鉄道が通っているかと思っていた。伊豆半島の西側もそうだけど、半島の先は陸の孤島になりやすいのだな。海から漕いでこれるとは思っても、近くまで車で行けないと時間がかかる。なかなか手強いぞ、輪島。叔父さんの頃には電車がまだあったのだろうか。親戚が車で迎えに来てくれてたのかな。

キャンプ場で自分たちの居場所をおさえたら今日から二泊、この場所にお世話になる。舟を6艇、波打ち際に下ろして並べ、身支度を終えると正午を過ぎた。いよいよ輪島の海を漕ぐ。


初日はそんなに漕がない。輪島港から河原田川に入って街中を少し遡るとすぐに浅くなりそこで引き換えした。途中、市役所の前で舟を上げ昼休み。ちょうどスーパーの看板が見えたので、地物の魚介類を大先輩が買い出しに行く。最初のスーパーでは見つからなくて心残りだったのだろう。それは立派なサザエを6つとバイ貝をひとつ、それからホウボウの刺し身とアラを買って嬉しそうに帰ってきた。サザエの数が足りないのでスーパーの人に交渉したそうだけど、向こうも無い袖は振れなかったろう。大先輩と二人のしょんぼりとした話しぶりがが目に浮かぶ。


買い物がおわりまた舟上に戻ると、川から海に出てキャンプ地まで帰った。カヤックをママチャリ代わりに使うのは楽しいし、好きだ。

地の物も手に入り、さっぱりと着替えて、大先輩のダッチオーブンを囲んで話し込みながら夕ご飯をゆっくり過ごす。明るかった空を岬の向こうに沈む夕日が二色に変え、その境目をみんなで探した。みんなが違うところを指差し、それでいいんだと納得した。濃く赤い空明かりの最後の一筋に照らされて、もう暗い海を他のキャンプ客の誰かがまだ泳いでいた。それぞれの時間で海を過ごす風景のその一部である僕ら。隠岐のときとは違って、一緒にその風景を作っているように思えたのは不思議だ。

明日は朝から起きて一日カヤックを漕ぐ。自然と話にも区切りがついて誰となく荷物を畳だし、テントに戻ってぐっすりと寝た。


二日目:

今日はどこまで行こう。昨日は浜を出て東にいたので、今日は西に行きます、それがカヤッカーです、と大先輩が言うので、片道で門前まで漕ぎ通すことにした。27km くらいか。

昨晩に浜に流れていた漁協の風予報どおり軽い向かい風、うねりは無く、つるんとした水は清く澄んで、相当な深さでも見通せる。これが叔父さんの言っていた輪島の海か。宝石はきっと水になりたかったんだと思う。光を溜め込み、投げ返す透明な質量。少しのゆらぎで色は変わり、その遊びはとどまらない。振り返ってみると、漕いでいる間は近くの水面ばっかりを見て、その揺れる色をずっと見ていた気がする。


ときおり海女さんの近くを通った。海女さんはあちらこちらにいた。たまにこちらに手を振ってくれる海女さんもいた。大きな赤い軍手のような手袋をヒラヒラさせながら、浮き輪につかまっていた。水面に戻ってきた海女さんは独特な音をさせて息をしている。どこか海棲動物の鳴き声のようで、もの哀しい。

ちょうど真ん中くらいの行程でお昼にした。小石の浜で、両脇の山を削った沢が真ん中に流れ込んでいる。キャンプ地として最高の場所として記憶した。少し長めの休憩をとり、全員がしっかり体を休めたら門前に向けて出発。


9月とはいえまだまだ日中は暑い。大先輩はスプレーを外し緊急冷却しながら漕いでいる。ウェットスーツを着てきた後輩はさすがにぼーっとしてきて、沈して体を冷やす。それがいいと思います。

そうして暑い昼下がりに門前の広い砂浜に到着し舟を上げた。みんなで完漕のハイタッチをしてねぎらう。本当だったら一泊1.5日で門前-輪島のつもりが、海況が良かったから一日で漕いでしまった。それがこのクラブらしい。大先輩の口癖は「もうちょっと先まで行ってみましょうか」。空荷のカヤックとはいえ、まだクラブに入ったばっかりの後輩二人は良く漕いだと思う。ただまっすぐ漕ぐのではなく、しょっちゅう岩の間を曲がったり、止まったり動いたりロックガーデンを楽しみながらだから距離でみるより疲れたはずだ。だからハイタッチの主役はその後輩たちだった。


大先輩が車を取りに行っている間浜で過ごしていると、地元の軽トラがやってきて道路脇に上げたカヤックのそばで止めた。邪魔かなと思って声をかけると、平気だという意味で運転席のおじさんが両手を上げて大きく丸を作ってくれた。すると車を降りてきて空の土嚢を砂の上に放り出し、ちりとりで一つ一つ砂を詰めだした。

畑にイノシシ避けのシートを上からかけて、それを押さえるのに使うのだという。以前は居なかったのに、どこから泳いできたのかだいぶ増えて、畑の厄介者なんだそうだ。そう話ながらおじさんは砂を入れて手際よく袋を縛っていく。できあがった土嚢は僕が軽トラまで運ばせてもらった。大先輩の車が戻る前に作業が終わって欲しいという打算もあるけど、話のお礼の気持ちもある。120%の後輩も加わって、二人で交互に砂袋を運ぶ。地元のおじさんは砂を詰めながら、門前の昔話をした。「500人いれば400人は船乗りになって街を出ていく。3人子供がいればその家は栄えると言われた。自分も外洋航路の船乗りで、辞める年になったから戻って農業を暇つぶしにやってるんだ。」

十もの袋ができあがると、おじさんは軽トラを出して帰っていった。僕らも小さいながらも船乗りといえるのか。そういう気概はもって海に出たい。船乗りの街、門前で海の先輩から偶然話を聞けて良かった。

そのうち大先輩が車で戻ってきて、舟と人を積み込んでキャンプ地に戻った。この舟はもう帰るまで積みっぱなしで、明日は漕がない。これで輪島の漕ぎは終わった。あの海の上にふたたび訪うその時まで、あの透き通った時間はおあずけ。

キャンプ地に帰ると日が沈むぎりぎり。途中スーパーに寄って買った地の小鯛を蒸してつまみながら昨日よりも遅くまで飲んで寝た。


最終日:

帰りの朝は早い。荷物を片付けて車に乗り込み、出発したのが6時ほど。行きとは違うルートでアルプスのど真ん中、白骨温泉に立ち寄りさっぱりしたら、近くのそば屋でツヤツヤに透き通った綺麗な蕎麦を食べて、松本から中央高速で帰った。そば屋では大先輩は何故かカレーを頼み、「結構辛いよ」と美味しそうに食べてた。帰りの車中では、みんなの面白い音楽セレクションにあわせて120%後輩の思い出が掛け流しに溢れ、とめどなく笑って帰った。

おじさんが好きだった海を漕げて良かった。輪島の名前を聞けば、いつもその思い出とリンクしてたけど、今回カヤックの流れでその海までこれて、聞いただけじゃなく、僕も見たと言えるようになってとても嬉しい。


2019年9月7日土曜日

20190907 同期会

台風が二つ、日本の近くにいる週末。15号は思ったよりも弱まらずにやってくる。日曜の予報はアホみたい(5m うねりをともなう) なので、その前の絶好の土曜に漕ぎにくる。小潮

結構うねりがあるんじゃないかと期待して出かけた。ポリ艇を支度する。ボート釣りのお兄さんがきていて、今日はパヤオまでマグロとカツオを狙いにいくと行っていた。ここのところ、土日どちらかは落ち着いて出られる日があっていいですねと言葉を交わす。

入江からヨットの脇を抜けたあたりでスペアパドルを忘れたのに気がつく。浮き足立ってた。ダメダメ。スペアを取りに戻って出直し。網代崎をみてみるとそれほどでもない。近場の波も今ひとつ。別のポイントに漕いで行ってみると、こちらにはサーファーがもう3人浮かんでた。素直に距離漕ぎにする。諦めが肝心。

先週は南に行ったから、北の長者ヶ崎くらいまで行ってみよう。午後の波遊びに期待をこめて、あまり遠すぎず。荒崎からまっすぐに長者の岩肌を目指す。右が長者、左の岩肌が稲村ガ崎。逗子の大崎の岩肌はこの角度だと柴崎の裏になって見えない。

ちょっと負荷をかけつつもだらだらと漕いで長者。道中あまりうねりを感じず、長者のポイントにもさざ波のみ。とっとと引き返して佐島のキラキラした入江で一休み。相変わらずの南国感。水につかって体を冷やす。ここの浜に上がれたらどんなにいいだろう。

無風の小田和湾を渡って荒崎を回り込むと、たくさんのカヤックが見えた。近寄ってみるとやっぱり大先輩の組だったので、そこで舟をあげて一緒に昼休みにした。台風と一緒に暑い陽気がぶり返す。水につかって体を冷やすのが気持ちいい。ゆっくり休んだら小網代に向かって漕ぎ戻る。

お客さんと一緒に漕いで、波遊びポイントにきたら、ちょっと遊べそうな感じになってた。メンバーが波に入るのをみて、やんちゃなお客さんが一人、やりたそうに寄ってきた。ちょうど良い波がきたので漕げーとけしかけると、うまく一本、沈せずに最後まで乗り切った。お見事さん。その後も残って乗ろうとしたけど、これ以上は危ないからお茶の休憩に連れて戻る。

メンバーはまだ何人もポイントに残って遊んでる。そちらに合流して遊び続ける。一人減り二人減りと夕方が近い頃になったら、サーフカヤックを牽引してガンガン同期がやってきた。もっと波があると期待して来たのだそうだ。ちょっと期待ハズレの波ではあったけど、爆走同期と、もう五年生になった同期組で随分遅くまで堪能した。それぞれのペースではあったけど、同期でこの場に揃ったのがなんだか沁みた。

明日は台風がとんでもない予報。それでも前漕ぎの後輩は湾内だけでも漕ぎに来るだろう。なんとなく、小網代ライダースという声もちらほら聞こえてくる。カヤック楽しい。

2019年9月1日日曜日

20190901 賑やかな雨崎

久しぶりにやってきた絶好の日和。今日距離を漕がなくていつ漕ぐのか。日差しもありながら風は弱く、うねりもない。中潮

ここのところ、イベントごとがあったり、うねりがあったりでまとまった距離を漕いだ日がなかった。自分のメモを見返してみると、7月13日に雨崎に行ったのが最後だったから、一月半は近場で過ごしていたというわけか。どうりで体がしゃっきりしない。

馴染んできたパドルでここは一つ、距離を漕げるところを確認しておこうと、始発で動いて雨崎を目指す。

朝のクラブハウスには前漕ぎの後輩が来ていた。やはり距離を出せておらず、うずうずしていた様子。支度を終えて一緒に舟を出す。後輩は荒崎-安房崎間を往復するとのこと。後輩は北方面に行くことが多い。長者、名島あたりを良い目標にしている。堤防で再会を約して北と南に漕ぎ別れる。

朝入江を出るときに、トビウオの子供を見た。トンボより小さいくせに、水面からメダカが飛び出したかと思うといっちょ前に羽を伸ばして飛ぶ。とてもかわいい。そういう時期になりましたなあ。

今日は沖を大回り。諸磯も長津呂も横瀬島も中を通らず、沖を真っ直ぐに漕いで行く。水温もひんやりとして、日差しがあっても暑くない。ロールをせずとも快適に漕げて、水も大して減らない。スイスイと漕いで雨崎につく。

雨崎にはたくさんのテントが並び、普通の海水浴場のように賑やかだった。沖で浮かびながら折返しの休憩をしている間にも、荷物を持った人たちが一組、また一組と浜に向かって荷物をかかえて歩いてくる。まだ夏なのか、夏の終わるのを待っていた人たちか、はてさて。

追い返してサクサクと漕ぎ、黒鯛込まで戻ったところで大先輩たちに合流できた。エビ島でお昼にしてるかと思ったら、朝からすでに人が島に上がっていて駄目だったのだそうだ。良いスポットはどこも取り合いですな。

帰り道にもう一度と思ってエビ島に立ち寄ると、やっぱりまだ人がいる、と思ったら爆漕同期をはじめとしたメンバーだった。それならと大先輩達もそこに舟を上げた。

スノーケリングには良い日和でもあるけど、もうちょっと距離を出しておきたい。速くはないけど、だらだら一日中漕いでいたい。横を見るとスリムな後輩も漕ぎたそうだったので、声をかけて一緒に荒崎まで行くことにする。目指すは沖アジロ、亀城礁からの荒崎コンボ。大先輩に行ってきまーすと声をかけ漕ぎ始める。

ちょうど潮が上がってくるところ。諸磯から沖アジロの沖合、亀城礁までなんとなくどんぶらこしている。うねりはないし風もないから、これはきっと潮の波なんだろうな。中でも、佃にむかって一番強い潮波の流れがあるように感じた。

後輩においてかれないように頑張って漕いで、すずめ島まで戻ってきたら大先輩がその少し先でお茶の休憩をしていた。それに合流してお茶をいただき、あとはのんびりみんなと漕いで舟を上げた。

そういえば、道中カヤックほとんど見なかった。黒崎で一艇みたくらいか。こんなにいい日よりなのに珍しい。前漕ぎの後輩も見なかった。後で聞いたら、荒崎 - 安房崎 - また荒崎で先に上がったらしい。荒崎に二回いくのはまた酔狂な。

だいぶ暑さも和らいで、海の上にいればとても涼しい。距離を漕ぐにもキャンプにも、これからカヤックシーズン上げ調子。がんがん漕ぎたい。